「似合ってない」
「ひえっ」
どきどきしながら神楽くんの前に立って、「ど、どうかな…似合うかな…っ」と訊く暇もなくばっさりとひとこと、「似合わない」と言われてしまった。がっくりと肩を落とすついでに、そのまま自分の格好を見下ろす。あんまり普段の自分の趣味ではない、着慣れないタイプの服だけど、街中で美人なお姉さんが着ていたら「わっおっしゃれー」と目で追ってしまうような素敵なコーディネートだ。ちょっと憧れていた大人っぽい格好。このコーディネートが間違っているわけがない。服が悪いわけがない。何故って、他でもない目の前にいる神楽くんが選んでくれた服だからだ。おしゃれには人の百倍うるさい人気デザイナーの彼のセンスだ。選ぶ際にいろいろ「はあ?こっちの色にそれが合うと思ってるの?」「何それありえない今時小学生でもそんなの着ないから」とかいろいろ辛口なことを言われたけど、言われた末に、「これ!」と決まったコーディネートなわけで。
「え、で、でもさ神楽くんもこれがいいと思うって決めてくれたやつ…」
「だから服が悪いとは言ってないでしょ。僕が選んだんだから。ひとのセンスにケチつけないでよね」
「(服選んでる最中私の趣味にめっちゃケチつけてたのに…)それは…つまり…神楽くんのセンスは完璧なんだけど、似合う人が着たら完璧なんだけど、でも私が着たら想像と違った、ってこと…?」
「そう言ってるでしょ最初から」
「えぇ…」
そりゃあ似合うと自信満々に着たわけじゃないですけど。似合うといいなあ、似合うって言われたらいいなあ、って淡い期待くらいはしていたんだけど。神楽くんはじとっとした目で私の首から下を品定めするように眺めて、最後に私の顔を見つめて、真剣なトーンで「うん。似合わない」と言った。なんでそんなとどめさすのこのひと。
「え、えと、いっつもこういうタイプの服着ないから違和感が凄いっていうだけじゃなく?似合わないっていうのは改善の余地ないんです?」
「顔に合わない」
「顔面」
「人に合わない」
「人間性」
「やっぱり一から選び直す。僕のセンスがその程度って思われたくないし。似合わないものすすめたとか」
「ぐっ…で、でも私これ結構気に入っています!超気に入ってる!お願いしますこれで行かせてください!神楽くんに選んでもらったって公言しないから!!」
「絶対やだ」
「このお洋服似合う女になりますから!」
「じゃあ今すぐなって」
「!!!…、…さ、三年後とかに…」
「馬鹿じゃないの」
ずばっと言い切って、神楽くんはクローゼットやショップバックの山とにらめっこをし始めてしまい、私は何も言えなくなってその横顔やら背中を眺めるだけになった。溜息を吐いて、すぐそばの、全身が映る鏡の前までのそのそと移動した。何やってんの早く着替えてよいくら見たって似合わないんだから、って言われそうなので神楽くんに隠れるようにそーっと、覗き込んだ。
うぅん、まあ、たしかに、似合わない。
背も高くないし、大人っぽい顔立ちもしていないし、こういう格好をしていい人間では確かに、ないのかもしれない。神楽くんの言った、「顔に合わない」「人に合わない」「似合わない」っていうのは、そういうことだろう。
「そんなに似合わないかな〜言うほどじゃないんじゃないかな〜」とか軽い気持ちで鏡を見たのに、鏡を見れば見るほど、ああたしかに、そうだよなあ…似合わないよなあ…私なんかなあ…って沈んでしまう。しょんぼりと溜息を吐いたとき、すぐ後ろから「ねえ、ちょっと」と常に不機嫌そうな色の混じる神楽くんの声に呼ばれた。びくっとして振り返る。
「溜息吐かないでくれる?人が忙しい時間を割いて服選び付き合ってあげてるのに」
「す、すいませんでした…顔を美人のお姉さんと取り換えるにはどうしたらいいかなと考えてまして」
「はあ?取り換えられた先のお姉さんが迷惑でしょ。何馬鹿なこと言ってるわけ」
「神楽くん私ちょっとそろそろ心が折れるぞ…」
「…まあ、でもそうだね。服を変えるんじゃなくて問題は顔か」
「ええ…」
「君、メイクとか学生時代から何も変えてない人間でしょ」
「そ……んなことはない気がしなくも」
「服のセンスも進歩してない。いつまで経っても学生時代に好きだった服選ぶからいっつも中学生みたいな格好になるんじゃないの」
「ぐう…」
「いっつも田舎くさい庶民くさい、頬っぺたピンクでぐりぐり塗って―…あ!」
ぐちぐちと文句を言っている途中で、何かを思い出したように神楽くんが声を上げる。「そういえばこの間だって!」と文句が追加されるのかと思ったら、神楽くんはふいっと私に背を向けて、部屋のソファーの上に置いてあった自分のカバンに向かっていった。振り返ってこっちに戻ってきたときもやっぱり不機嫌そうなむすっとした表情だったけど、そのままの表情で、私に何かをずいっと差し出してくる。
「はい。これ」
「これ…って?」
「君にあげる。君の使ってた色に近いの探してきたから。明るいピンクのチーク」
「えっ!?なん…えっ!?私に!?何故!?私買い替えたいとか言ってな…」
「は?じゃあ君新しいの持ってるの?買ったわけ?」
「……えと…うん…まだ使えるの残って…る」
「この前鏡の前に割れたチークが捨てずに置いてあってドン引きしたんだけどそれのこと言ってるんだよね?」
「神楽くんにだけは見られたくなかった…でも待って説明させて。高校のとき読んだファッション雑誌に割れたチークの復活方法が書いてあったんだけどね」
「早く捨ててくれる?で、これが代わり」
無理矢理に手に乗せられたまあるいピンクを見下ろして、しばらく固まる。蓋に書いてあるアルファベットはブランド名なんだろう。明らかに私が今まで使ってたやつとお値段が違いそうなんだけど。ぽかんとしていたものの、みるみる申し訳なさとか気まずさがこみ上げてきて、私は変な汗をかきながら手元のかわいいピンク色と、常時むすっとした顔の神楽くんを見比べる。何度も何度も見比べる。さすがにイラッとしてきた神楽くんが「何が言いたいわけ?」と怒る。
「いや、だって、申し訳なくて受け取れないですしそれにさっきの話の流れで今後もピンクのほっぺたで生活する勇気が出ないよ…!?もうピンクいほっぺたは卒業してよっていう流れだったような…あっいや違うでも神楽くんのくれたチークを無駄にするのは忍びないので私としては今後も、いや、すこし抑えたピンクい頬っぺたで生活したい気持ちもあるのですが…」
「…まあ、確かに。これ渡したら余計に君、これからもピンク頬っぺたやめなくなるよね」
「う、いや…その…おさえるとおもうのだけれど…」
「仕方ないでしょ。君っていったらその馬鹿みたいなピンクだってことしか頭になかったから、これ買っちゃったし」
「馬鹿みたいなピンクって!ピンクに失礼では!!」
神楽くんの辛辣な言葉にぎゃあぎゃあ言う私にかまわず、本人はやれやれと呆れたような溜息を吐いてから、クローゼットを振り返った。そうして一枚のワンピースを手に取って「これにして」と一言いった。もう一度ぽかんとする私。
「え、だってそれ、いつものと変わらないやつ…」
「そ。子どもっぽいワンピース。でも君のそのピンクには合うでしょ」
「(子供っぽいって言い切った…)私、でも、いつもと違う服が着たくて、おしゃれさんしたくて、神楽くんにわざわざ選んでもらってるのに…」
「君に似合わないもの選んだって仕方ない。着るのは君なんだし」
「でも…」
「僕が選ぶんだから似合うものしか着させない。だいたい、僕が選んだ服を君はどこに誰と着ていくつもりなの」
「神楽くんとのデートに」
「なんで僕に選んでもらいたいわけ」
「…神楽くんに選んでもらった、って、それだけで自信になるから」
「そ。じゃあ大人っぽい服は、僕が君に本当に似合うって思えるときまで着なくていい」
「一生着れなそうでこわい…」
「三年くらいは待ってあげる」
「さんねん…」
「三年後には似合う女になるんでしょ」
「……今はピンクでいいの?」
「いいんじゃない。いつかピンクも似合わなくなるだろうし」
「ねえ待ってひどい」
「それまでは君の好きな服とピンクでいいよ。好きだって自信もって着る服が一番似合うんじゃない?」
「ファッションデザイナーからのありがたいおことば?」
「茶化さないでくれる?」
神楽くんが私の頬を指でふにっと突く。馬鹿みたいなピンクって言ったのに、ピンクのままでいろって、よくわからないな。でも確かに、神楽くんに似合うって言われないと意味がないのだろうし。神楽くんが似合うって言ってくれない色なんかより、神楽くんがくれるピンクがいい。あいかわらずつんとした表情の神楽くんを見つめて、それから、もらったピンクを見下ろして、「ありがとう」ってつぶやく。彼のくれる、とげがありつつも本当は少し優しい言葉にも、ありがとう、って。
「ねえ、あの、三年後の未来にも神楽くんに私は服を選んでもらえてるってことでいいのかな」
「さあ。僕に愛想尽かされないようにせいぜい頑張れば」
「ひえっ」
どきどきしながら神楽くんの前に立って、「ど、どうかな…似合うかな…っ」と訊く暇もなくばっさりとひとこと、「似合わない」と言われてしまった。がっくりと肩を落とすついでに、そのまま自分の格好を見下ろす。あんまり普段の自分の趣味ではない、着慣れないタイプの服だけど、街中で美人なお姉さんが着ていたら「わっおっしゃれー」と目で追ってしまうような素敵なコーディネートだ。ちょっと憧れていた大人っぽい格好。このコーディネートが間違っているわけがない。服が悪いわけがない。何故って、他でもない目の前にいる神楽くんが選んでくれた服だからだ。おしゃれには人の百倍うるさい人気デザイナーの彼のセンスだ。選ぶ際にいろいろ「はあ?こっちの色にそれが合うと思ってるの?」「何それありえない今時小学生でもそんなの着ないから」とかいろいろ辛口なことを言われたけど、言われた末に、「これ!」と決まったコーディネートなわけで。
「え、で、でもさ神楽くんもこれがいいと思うって決めてくれたやつ…」
「だから服が悪いとは言ってないでしょ。僕が選んだんだから。ひとのセンスにケチつけないでよね」
「(服選んでる最中私の趣味にめっちゃケチつけてたのに…)それは…つまり…神楽くんのセンスは完璧なんだけど、似合う人が着たら完璧なんだけど、でも私が着たら想像と違った、ってこと…?」
「そう言ってるでしょ最初から」
「えぇ…」
そりゃあ似合うと自信満々に着たわけじゃないですけど。似合うといいなあ、似合うって言われたらいいなあ、って淡い期待くらいはしていたんだけど。神楽くんはじとっとした目で私の首から下を品定めするように眺めて、最後に私の顔を見つめて、真剣なトーンで「うん。似合わない」と言った。なんでそんなとどめさすのこのひと。
「え、えと、いっつもこういうタイプの服着ないから違和感が凄いっていうだけじゃなく?似合わないっていうのは改善の余地ないんです?」
「顔に合わない」
「顔面」
「人に合わない」
「人間性」
「やっぱり一から選び直す。僕のセンスがその程度って思われたくないし。似合わないものすすめたとか」
「ぐっ…で、でも私これ結構気に入っています!超気に入ってる!お願いしますこれで行かせてください!神楽くんに選んでもらったって公言しないから!!」
「絶対やだ」
「このお洋服似合う女になりますから!」
「じゃあ今すぐなって」
「!!!…、…さ、三年後とかに…」
「馬鹿じゃないの」
ずばっと言い切って、神楽くんはクローゼットやショップバックの山とにらめっこをし始めてしまい、私は何も言えなくなってその横顔やら背中を眺めるだけになった。溜息を吐いて、すぐそばの、全身が映る鏡の前までのそのそと移動した。何やってんの早く着替えてよいくら見たって似合わないんだから、って言われそうなので神楽くんに隠れるようにそーっと、覗き込んだ。
うぅん、まあ、たしかに、似合わない。
背も高くないし、大人っぽい顔立ちもしていないし、こういう格好をしていい人間では確かに、ないのかもしれない。神楽くんの言った、「顔に合わない」「人に合わない」「似合わない」っていうのは、そういうことだろう。
「そんなに似合わないかな〜言うほどじゃないんじゃないかな〜」とか軽い気持ちで鏡を見たのに、鏡を見れば見るほど、ああたしかに、そうだよなあ…似合わないよなあ…私なんかなあ…って沈んでしまう。しょんぼりと溜息を吐いたとき、すぐ後ろから「ねえ、ちょっと」と常に不機嫌そうな色の混じる神楽くんの声に呼ばれた。びくっとして振り返る。
「溜息吐かないでくれる?人が忙しい時間を割いて服選び付き合ってあげてるのに」
「す、すいませんでした…顔を美人のお姉さんと取り換えるにはどうしたらいいかなと考えてまして」
「はあ?取り換えられた先のお姉さんが迷惑でしょ。何馬鹿なこと言ってるわけ」
「神楽くん私ちょっとそろそろ心が折れるぞ…」
「…まあ、でもそうだね。服を変えるんじゃなくて問題は顔か」
「ええ…」
「君、メイクとか学生時代から何も変えてない人間でしょ」
「そ……んなことはない気がしなくも」
「服のセンスも進歩してない。いつまで経っても学生時代に好きだった服選ぶからいっつも中学生みたいな格好になるんじゃないの」
「ぐう…」
「いっつも田舎くさい庶民くさい、頬っぺたピンクでぐりぐり塗って―…あ!」
ぐちぐちと文句を言っている途中で、何かを思い出したように神楽くんが声を上げる。「そういえばこの間だって!」と文句が追加されるのかと思ったら、神楽くんはふいっと私に背を向けて、部屋のソファーの上に置いてあった自分のカバンに向かっていった。振り返ってこっちに戻ってきたときもやっぱり不機嫌そうなむすっとした表情だったけど、そのままの表情で、私に何かをずいっと差し出してくる。
「はい。これ」
「これ…って?」
「君にあげる。君の使ってた色に近いの探してきたから。明るいピンクのチーク」
「えっ!?なん…えっ!?私に!?何故!?私買い替えたいとか言ってな…」
「は?じゃあ君新しいの持ってるの?買ったわけ?」
「……えと…うん…まだ使えるの残って…る」
「この前鏡の前に割れたチークが捨てずに置いてあってドン引きしたんだけどそれのこと言ってるんだよね?」
「神楽くんにだけは見られたくなかった…でも待って説明させて。高校のとき読んだファッション雑誌に割れたチークの復活方法が書いてあったんだけどね」
「早く捨ててくれる?で、これが代わり」
無理矢理に手に乗せられたまあるいピンクを見下ろして、しばらく固まる。蓋に書いてあるアルファベットはブランド名なんだろう。明らかに私が今まで使ってたやつとお値段が違いそうなんだけど。ぽかんとしていたものの、みるみる申し訳なさとか気まずさがこみ上げてきて、私は変な汗をかきながら手元のかわいいピンク色と、常時むすっとした顔の神楽くんを見比べる。何度も何度も見比べる。さすがにイラッとしてきた神楽くんが「何が言いたいわけ?」と怒る。
「いや、だって、申し訳なくて受け取れないですしそれにさっきの話の流れで今後もピンクのほっぺたで生活する勇気が出ないよ…!?もうピンクいほっぺたは卒業してよっていう流れだったような…あっいや違うでも神楽くんのくれたチークを無駄にするのは忍びないので私としては今後も、いや、すこし抑えたピンクい頬っぺたで生活したい気持ちもあるのですが…」
「…まあ、確かに。これ渡したら余計に君、これからもピンク頬っぺたやめなくなるよね」
「う、いや…その…おさえるとおもうのだけれど…」
「仕方ないでしょ。君っていったらその馬鹿みたいなピンクだってことしか頭になかったから、これ買っちゃったし」
「馬鹿みたいなピンクって!ピンクに失礼では!!」
神楽くんの辛辣な言葉にぎゃあぎゃあ言う私にかまわず、本人はやれやれと呆れたような溜息を吐いてから、クローゼットを振り返った。そうして一枚のワンピースを手に取って「これにして」と一言いった。もう一度ぽかんとする私。
「え、だってそれ、いつものと変わらないやつ…」
「そ。子どもっぽいワンピース。でも君のそのピンクには合うでしょ」
「(子供っぽいって言い切った…)私、でも、いつもと違う服が着たくて、おしゃれさんしたくて、神楽くんにわざわざ選んでもらってるのに…」
「君に似合わないもの選んだって仕方ない。着るのは君なんだし」
「でも…」
「僕が選ぶんだから似合うものしか着させない。だいたい、僕が選んだ服を君はどこに誰と着ていくつもりなの」
「神楽くんとのデートに」
「なんで僕に選んでもらいたいわけ」
「…神楽くんに選んでもらった、って、それだけで自信になるから」
「そ。じゃあ大人っぽい服は、僕が君に本当に似合うって思えるときまで着なくていい」
「一生着れなそうでこわい…」
「三年くらいは待ってあげる」
「さんねん…」
「三年後には似合う女になるんでしょ」
「……今はピンクでいいの?」
「いいんじゃない。いつかピンクも似合わなくなるだろうし」
「ねえ待ってひどい」
「それまでは君の好きな服とピンクでいいよ。好きだって自信もって着る服が一番似合うんじゃない?」
「ファッションデザイナーからのありがたいおことば?」
「茶化さないでくれる?」
神楽くんが私の頬を指でふにっと突く。馬鹿みたいなピンクって言ったのに、ピンクのままでいろって、よくわからないな。でも確かに、神楽くんに似合うって言われないと意味がないのだろうし。神楽くんが似合うって言ってくれない色なんかより、神楽くんがくれるピンクがいい。あいかわらずつんとした表情の神楽くんを見つめて、それから、もらったピンクを見下ろして、「ありがとう」ってつぶやく。彼のくれる、とげがありつつも本当は少し優しい言葉にも、ありがとう、って。
「ねえ、あの、三年後の未来にも神楽くんに私は服を選んでもらえてるってことでいいのかな」
「さあ。僕に愛想尽かされないようにせいぜい頑張れば」