今日も暑い。真夏の日差しは大嫌いだけど、私は今日もご機嫌だった。はやく仕事を終わらせて帰りたい。あとはこの書類を首領に届けるだけだ。昇降機に乗ろうとしたところで、降りてきた中也さんと鉢合わせた。

「よぉ、随分ご機嫌だな」
「お疲れ様です。そう見えますか」
「何か良い事でもあったのか?」
「いえ、ただこれを首領に届ければ今日は帰れるので」

私の持つ書類に目を向けて「ああ」と納得したように呟いた。私はさっさと仕事を終わらせて帰りたかったけれど、中也さんはそのまま世間話を始めた。こんなところで油を売っている場合じゃないのに。でも相手は先輩。それも幹部。嫌な顔をしてさよならと云うわけにはいかない。さっさと帰りたいのに。顔には出さず、中也さんの話に適当に返事をして「首領を待たせるわけにはいかないので」と云って、その場を後にした。中也さんは「引き止めて悪かったな」と自分の部屋へ向かっていった。それから急いで首領に書類を提出して、今度こそ帰れると思ったのに、エリス嬢に捕まった。首領の手前、嫌な顔も、「一緒にお絵かきしましょ」という誘いを断ることもできない。ああ、もう。はやく帰りたいのに。私のご機嫌はすっかり斜めに変わってしまった。

それから何だかんだで家へ帰れたのは夜の7時を過ぎたころだった。本当だったら5時には帰って来られたのに。

「ただいま。ごめんね、遅くなって。いい子にしてた?」

靴を脱いですぐ浴室へ向かった。部屋を借りるとき、きっとこの仕事は相当疲れるだろうから、大きめのお風呂があるところにしようと借りたのだけど、ゆっくり湯船に浸かれる日なんて数えるほどなくて、持て余していた。今は違う。今は、敦くんの部屋になっている。やっと活用できた。それも嬉しかったけど、何より帰ってきたら敦くんがいる。それが一番、幸せなこと。

「……」

敦くんは私を一目見て、すぐに顔を逸らした。敦くんの顔は真っ赤で、逆上せているようだった。それもそうだ。この暑い中、換気扇などつけずに、扉も窓も閉め切って出てきたのだから。でも敦くんには自分で扉を開けることも換気扇をつけることもできない。敦くんの手は鎖で繋いでいて、どこにも行けないようにしているから。

「ただいま」
「これ、外してください」

そう云って私を睨む敦くんの頭を掴んで、水を張った浴槽に沈めた。私を睨むこの目。私はこの目が大好き。私だけを見ている、この目が。でも私は躾のなっていない子が大嫌い。そして躾は、飼い主の義務だ。

「うっ、げほっ、ごほっ、」
「ただいま」
「……おかえりなさい」
「ごめんね、遅くなって。中也さんとエリス嬢に捕まっちゃってね。お腹空いたでしょ。ご飯にしましょうね」

用意してくるから、と云って浴室を出た。出る際に換気扇の電源を入れて、私はお茶漬けを作りに台所へ向かう。昨日は梅にしたから、今日は鮭がいいかな。作っている間に敦くんが逃げてしまったらどうしよう。虎に変化してしまえば、あんな鎖、すぐに壊せるだろう。異能力を使えるほどの体力なんてないだろうけど。

敦くんを初めて見たのは、組合と探偵社とマフィアでの戦いが終わったころだった。異能力戦争の最中、私は長期任務で横浜を出ていた。帰ってきて、敦くんを見つけて、すぐ欲しいと思った。自分のものにしたい。私だけを見てほしい。そう思ったら行動ははやかった。敦くんの情報はすぐに出てきて、どんな異能力や過去を持っているかなど、すぐに知れた。知れば知るほど、欲しいと思った。それから探偵社に帰る途中の敦くんを捕まえて、家へ連れてきた。浴室が広い代わりに、部屋数の少ない部屋だから、浴室で飼うことにしたのだ。ちゃんと部屋を与えようと思ったけど、浴室は都合が良かった。今日みたいに躾もできるし、汚れたらすぐに洗える。小さな窓しかないから、そこから逃げることだってできない。

「お待たせ。今日は鮭茶漬けだよ」

敦くんは私を睨んで「いただきます」と呟いた。私のことが憎くて憎くてたまらないくせに、完全に拒否することができない。ああ、なんてかわいいのだろう。はやく私のものになってしまえばいいのに。はやく、はやく、私のところに堕ちてくればいいのに。

「はい、あーん」
「……自分で、食べられます」
「その手で?」
「外してください!なんで僕なんですか?!僕じゃなくたっていいじゃないか!!」
「敦くんが好きだから」
「そんなの嘘だ!」
「嘘じゃないよ。敦くんが好きだから、こうして閉じ込めてるんだよ。だって外は怖いことばっかりだよ。敦くんだってわかってるでしょ。敦くんのことを愛してくれる人なんて他にいないんだよ。私だけだよ。私はずっと、ずーっと、敦くんのことを愛しているし、傍にいてあげるよ」
「貴女だけなんて……そんなこと……」

敦くんをここに連れてきてから、辛うじて死なない程度のご飯しかあげていない。人間は肉体に負担がかかると、それはいつか精神も蝕んでいく。精神が蝕まれると、正常な判断や思考は、困難になるのだ。

「私だけだよ。わかるでしょ。敦くんは昔、あの孤児院で何をされてきたのか、覚えてるでしょ。その傷を癒せるのだって、敦くんを理解してあげられるのだって、私だけだよ」
「あなた、だけ……」
「ね、だから、私にずっと傍にいてほしいでしょう」
「……はい」

完全に堕ちるのにはもう少し時間がかかるだろう。でもこの調子なら、そう遠くない日に、その日は訪れる。そうやって素直に、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと、私だけを求めていればいい。私は冷めてしまったお茶漬けのことを忘れて、夢中で敦くんにキスをした。私の、私だけのかわいくてかわいそうな敦くん。

宴も酣