「だから!いらないって云っているでしょう!」

ばしゃん、と音を立てて傘が飛んで行った。帰り際、同じく帰宅するであろう彼女が今日はいつもの車で来ていないみたいだったし、傘も持っていないようだったから、一緒に帰るかと誘っただけなんだけど。あーあ、泥がついちゃった。そんなに拒絶しなくたっていいのに。私のことが嫌いなのだろうか。私は彼女に好意を持っているんだけどな。

「そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「貴女がしつこいからです。だいたい、女性同士で相合傘なんて……!」
「なんて?」
「恋仲に見えるではないですか!」
「そう?考えすぎじゃない?ただ仲が良いんだなって思われるくらいだと思うけど」
「学生ならそう見えるかもしれませんが、私も貴女も大人なんですよ!」
「樋口ちゃん、すごい顔してるよ。美人さんが台無し。芥川くんの前じゃそんな顔しないのに」
「先輩にそんな顔ができるわけないでしょう!とにかくもう関わらないでください!」

行ってしまった。あ、ハンカチ落とした。しかも気付いてない。彼女は随分前にポートマフィアに入ってきた。一応私の後輩だけど、私は基本的に事務仕事が多いし、彼女と一緒に仕事をしたことはない。はっきり言ってしまえば彼女にこの職は向いていない。本人もわかっているようだけど、辞めないのだから大したものだ。そんな彼女が気になり始めたのは最近のこと。たまたま、仕事をしている彼女を見る機会があったのだけど、美しかった。真っ直ぐで純粋な瞳に、心を奪われた。罪な女だ。女の人を好きになるなんて、あるはずないと思っていたのに。でも彼女を落とすのは困難を極める。何せ彼女は芥川くんに心を奪われているようだから。彼女は「女性同士」というものに嫌悪感を抱いているようだし。難しいな。

次の日、彼女のいる部屋へ訪れたら、露骨に嫌な顔をされた。ハンカチ、返しにきてあげたのに。

「何の用ですか」
「これ、昨日落としたでしょ。あと、一昨日の任務の報告書まだ上がってないんだけど、今日中に提出してもらえる?」
「……ありがとうございます。報告書はすぐ提出に行きます」

素直にハンカチを受け取ったけど、きっとあれが彼女のスーツのポケットに入ることはもうないだろうな。そういう顔をしていた。彼女は存外、わかりやすい。そして私は相当、嫌われているらしい。さっさとパソコンの前に座った彼女を見て「なるべくはやめにお願いねー」と声をかけた。彼女はこちらを見ずに返事をして、手を動かしている。恐らく報告書の作成をしているのだろう。そんなの、部下にやらせればいいのに。彼女、一人で抱え込んで、爆発しそうなタイプだな、きっと。まあ、そんなことは私には関係ないのだけど。


関係、ないのだけど。

「お待たせしました。報告書です」
「ありがとう。すごく疲れた顔をしてるけど、大丈夫?」
「貴女に心配される筋合いなんてありません」

そういえば、この間幹部の誰かが彼女のところは忙しい、と云っていた気がする。確かにいつもはすぐに上がってくる報告書も遅かったし、何より彼女の顔には疲れがにじみ出ている。

「そんなに私のことが嫌い?私、貴女に何か嫌われるようなことしたかしら」

彼女は一瞬、ハッとしたような顔をして、自身の両腕を抱いた。

「……その、実は、貴女が、私に恋愛感情を抱いていると、聞いて……」
「ああ、そうだったの」
「そういうの、私には理解できないんです。だから、その、何か嫌なことをされたとかではなくて、すみません。貴女の言う通り少し疲れていて。噂で聞いただけなのに、貴女に失礼なことをして……」
「そうだったの。気にしてないよ。今日ははやく休みなさい」

まったく、誰がそんな噂流したんだか。まあ本当のことだからいいんだけど。残りの仕事を終わらせて帰ろう。今日も雨が降っている。梅雨でもないのに。最近は全然降らなかったから良いのかもしれない。でも雨は嫌いだ。泥がはねるし。梅雨の時期でもないから紫陽花なんて咲いていないし。梅雨なら紫陽花を見るっていう楽しみがあるけど、今は花が咲く季節じゃないから、ただ憂鬱なだけだ。



「あら、樋口ちゃんも今帰り?」
「はい」
「最近車で来てないのね。どうしたの?」
「先日不注意でぶつけてしまったんです。なので修理に」
「そう。そのときから疲れが溜まっていたんでしょう。ちゃんと休んでるの?」
「休息はとっています」
「ならいいけど。あ、一緒に帰る?傘、持ってないんでしょ」
「結構です。貴女に迷惑をかけるわけにはいかないので」

そう云うものの、顔には構うなと書かれている。まだ私のことを嫌っているようだ。

「気にしなくていいのよ。たまにはいいじゃない」

そう云って無理やり傘へ入れた。「ちょっと」なんて云う彼女の声は無視して。雨が強くなってきた。はやく帰らないと。

「結構ですって、言ってるじゃないですか!どうしていつも私に構うんですか?!それに、女性同士で相合傘なんて、誰かに見られてまた余計に噂になったりしたらどうするんですか?!」

雨の中大きな声を出す彼女に、私は云った。

「噂になりたいから、貴女に構うのよ」

そうなれば、私はきっと雨の日を好きになる。

rainy day for you