「最近仕事はどうだ?」
「忙しいよ。でも楽しいし、成長するチャンスだから」
「そうか。なら大丈夫だとは思うけど、あまり思い詰めるなよ」
ありがとう、征くんも頑張って。そう言って電話を切った。私は社会人になって二度目の夏を迎えようとしていた。二年目ともなれば任される仕事も増えてきて、昨年より忙しい日々が続いている。任される仕事の責任も、大きなものとなっていた。それを十分理解していたのに、私は今日、ミスをした。私に任された仕事だったのに、私に責任があったのに、初歩的なミスで、先輩や同期に迷惑をかけてしまった。そのせいで今日も家に帰って来られたのは日付が変わるころだった。帰ってきたのを見計らったかのように征くんから電話がかかってきた。向こうも忙しいだろうにこうして時々電話をくれる。明後日には会う予定だ。せっかくのデートで仕事のことを考えたくない。だから、今のうちにできる限り頑張らないと。
「誰でも輝ける。あなたにときめきときらめきを」
つけたテレビから女の人の声がする。今若い女性に大人気の、化粧品ブランドのコマーシャルだった。ファンデーションが新発売されたらしい。この間出かけ先で見たものと同じ商品が映っている。初めてそれを見たのは社会人二年目になってすぐの頃だった。店舗のショーウインドウに飾ってあって、目を引かれたのを覚えている。キラキラのケース、宝石が散りばめられたような装飾。それはショーウインドウで一際輝いていた。控えめにラメが入っていて、コマーシャルの女の人が言っていたように、誰でも輝けるもの、らしい。こういうブランド物を持ってみたいとは思うけれど、画面の端に書かれた値段を見て、テレビを消した。明日も仕事だ。
翌日の夜も、征くんから電話がかかってきた。私はそれをとろうか悩んで、気付かないふりをした。今征くんの声を聞いたらダメになってしまいそうだった。昨日のミスを、私はまだ引きずっている。なんでもできていつでも完璧な征くん。どうして私を恋人に選んでくれたのだろう、もっと他の子のほうがいいんじゃないだろうか。私では不釣り合いなんじゃないだろうか。こんなことを征くんに言ったら怒られてしまう。呆れられてしまうかもしれない。私は征くんが私を選んでくれたことがとても嬉しかったし、これでは征くんの気持ちを疑っているようだ。だけど疲れているときや落ち込んでいるときほど、考え方は悪いほうへと進んでいく。私の心の中にネガティブな感情だけを植え付ける何かが、入り込んでしまったみたいになる。熱いまぶたを抑えながら、また鳴り出した携帯をとった。
「はい」
「夜遅くにすまない。今大丈夫か?」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「……泣いていたのか」
「え、そんなことないよ。ちょっと疲れただけ。あ、さっき、電話出れなくてごめんね」
「そんなことは気にしなくていい。本当のことを教えてくれないか」
「泣いてないってば。変な征くん」
「……がそう言うなら、そういうことにしておこう。仕事はどうだ?順調か?」
「うん。うまくいってるよ。あ、明日のデートなんだけど、征くんどこか行きたいところある?」
「そうか。そうだな……。今のところは思いつかないな。は?」
「うーん……あ、最近できたショッピングモール」
「わかった。……あまり思い詰めるなよ」
「うん、ありがとう。征くんも行きたいところあったら言ってね」
わかった。俺も何か考えておくよ。と言ってその日の電話は終わった。征くんには、何でも気づかれてしまう。明日はせっかくのデートなのだ。思い切り楽しまないと。
「ごめんね、お待たせ」
「いや、今来たところだから。行こうか」
自然と繋がれる手に、私はいつも征くんの恋人であると感じる。付き合ってから3年が経つけど、征くんの隣にいられることは、とても幸せなことだと、何度も思った。
「それで、どうして泣いていたんだ」
「だから、泣いてないってば」
「俺に嘘が通じると思うな。君のことなら、なんだってわかる」
征くんの目に、優しさが見える。私は大切にされているのだとわかる。
「実は、仕事でミスしちゃって……。そのせいでいろんな人に迷惑をかけちゃったから」
「そうだったのか。誰だって失敗することはある。それに、失敗してもはちゃんと反省して、同じ失敗は二度しないだろう」
「そうかな……」
「を見てきた俺の目に狂いはないよ。ああそうだ、これ」
征くんの言葉にまた涙が出そうになるのを堪えて、目の前に差し出された小さな紙袋に目を向ける。薄いピンクで、この間コマーシャルを見たところのブランドのロゴが書いてあった。
「この間、見つけたんだけど、に似合いそうだと思って」
「え、私、誕生日でもなんでもないよ」
「の誕生日を忘れるわけないだろう。何か、特別な日だからとかじゃなくて、いつも頑張っているに、贈りたかったんだ」
開けてみて、と言われ、小さな箱を取り出す。箱の中には、宝石を散りばめたようなキラキラのケースが入っていた。ブラウンと薄いピンク、それより少し濃い目のピンク、ホワイトのラメ。四色が入ったアイシャドウだった。
「ファンデーションが新発売されただろう。店員にはそっちを勧められたんだが、直に肌につけるものは、合う合わないがあるだろう。でも、それなら、大丈夫だと思って。それを初めて見たとき、にきっと似合うと思ったんだ」
「ありがとう。嬉しい、すごく。ほんとに、ありがとう」
ブランド物だから、じゃなくて、征くんが、私のために選んでくれた。だからすごく嬉しい。
その日のデートはとても楽しくて、征くんとたくさん話して、充実した一日だった。そんな一日が終わってしまうのは惜しかったけど、貰ったアイシャドウを明日つけようと思うと、明日が待ち遠しかった。明日は仕事だ。
「忙しいよ。でも楽しいし、成長するチャンスだから」
「そうか。なら大丈夫だとは思うけど、あまり思い詰めるなよ」
ありがとう、征くんも頑張って。そう言って電話を切った。私は社会人になって二度目の夏を迎えようとしていた。二年目ともなれば任される仕事も増えてきて、昨年より忙しい日々が続いている。任される仕事の責任も、大きなものとなっていた。それを十分理解していたのに、私は今日、ミスをした。私に任された仕事だったのに、私に責任があったのに、初歩的なミスで、先輩や同期に迷惑をかけてしまった。そのせいで今日も家に帰って来られたのは日付が変わるころだった。帰ってきたのを見計らったかのように征くんから電話がかかってきた。向こうも忙しいだろうにこうして時々電話をくれる。明後日には会う予定だ。せっかくのデートで仕事のことを考えたくない。だから、今のうちにできる限り頑張らないと。
「誰でも輝ける。あなたにときめきときらめきを」
つけたテレビから女の人の声がする。今若い女性に大人気の、化粧品ブランドのコマーシャルだった。ファンデーションが新発売されたらしい。この間出かけ先で見たものと同じ商品が映っている。初めてそれを見たのは社会人二年目になってすぐの頃だった。店舗のショーウインドウに飾ってあって、目を引かれたのを覚えている。キラキラのケース、宝石が散りばめられたような装飾。それはショーウインドウで一際輝いていた。控えめにラメが入っていて、コマーシャルの女の人が言っていたように、誰でも輝けるもの、らしい。こういうブランド物を持ってみたいとは思うけれど、画面の端に書かれた値段を見て、テレビを消した。明日も仕事だ。
翌日の夜も、征くんから電話がかかってきた。私はそれをとろうか悩んで、気付かないふりをした。今征くんの声を聞いたらダメになってしまいそうだった。昨日のミスを、私はまだ引きずっている。なんでもできていつでも完璧な征くん。どうして私を恋人に選んでくれたのだろう、もっと他の子のほうがいいんじゃないだろうか。私では不釣り合いなんじゃないだろうか。こんなことを征くんに言ったら怒られてしまう。呆れられてしまうかもしれない。私は征くんが私を選んでくれたことがとても嬉しかったし、これでは征くんの気持ちを疑っているようだ。だけど疲れているときや落ち込んでいるときほど、考え方は悪いほうへと進んでいく。私の心の中にネガティブな感情だけを植え付ける何かが、入り込んでしまったみたいになる。熱いまぶたを抑えながら、また鳴り出した携帯をとった。
「はい」
「夜遅くにすまない。今大丈夫か?」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「……泣いていたのか」
「え、そんなことないよ。ちょっと疲れただけ。あ、さっき、電話出れなくてごめんね」
「そんなことは気にしなくていい。本当のことを教えてくれないか」
「泣いてないってば。変な征くん」
「……がそう言うなら、そういうことにしておこう。仕事はどうだ?順調か?」
「うん。うまくいってるよ。あ、明日のデートなんだけど、征くんどこか行きたいところある?」
「そうか。そうだな……。今のところは思いつかないな。は?」
「うーん……あ、最近できたショッピングモール」
「わかった。……あまり思い詰めるなよ」
「うん、ありがとう。征くんも行きたいところあったら言ってね」
わかった。俺も何か考えておくよ。と言ってその日の電話は終わった。征くんには、何でも気づかれてしまう。明日はせっかくのデートなのだ。思い切り楽しまないと。
「ごめんね、お待たせ」
「いや、今来たところだから。行こうか」
自然と繋がれる手に、私はいつも征くんの恋人であると感じる。付き合ってから3年が経つけど、征くんの隣にいられることは、とても幸せなことだと、何度も思った。
「それで、どうして泣いていたんだ」
「だから、泣いてないってば」
「俺に嘘が通じると思うな。君のことなら、なんだってわかる」
征くんの目に、優しさが見える。私は大切にされているのだとわかる。
「実は、仕事でミスしちゃって……。そのせいでいろんな人に迷惑をかけちゃったから」
「そうだったのか。誰だって失敗することはある。それに、失敗してもはちゃんと反省して、同じ失敗は二度しないだろう」
「そうかな……」
「を見てきた俺の目に狂いはないよ。ああそうだ、これ」
征くんの言葉にまた涙が出そうになるのを堪えて、目の前に差し出された小さな紙袋に目を向ける。薄いピンクで、この間コマーシャルを見たところのブランドのロゴが書いてあった。
「この間、見つけたんだけど、に似合いそうだと思って」
「え、私、誕生日でもなんでもないよ」
「の誕生日を忘れるわけないだろう。何か、特別な日だからとかじゃなくて、いつも頑張っているに、贈りたかったんだ」
開けてみて、と言われ、小さな箱を取り出す。箱の中には、宝石を散りばめたようなキラキラのケースが入っていた。ブラウンと薄いピンク、それより少し濃い目のピンク、ホワイトのラメ。四色が入ったアイシャドウだった。
「ファンデーションが新発売されただろう。店員にはそっちを勧められたんだが、直に肌につけるものは、合う合わないがあるだろう。でも、それなら、大丈夫だと思って。それを初めて見たとき、にきっと似合うと思ったんだ」
「ありがとう。嬉しい、すごく。ほんとに、ありがとう」
ブランド物だから、じゃなくて、征くんが、私のために選んでくれた。だからすごく嬉しい。
その日のデートはとても楽しくて、征くんとたくさん話して、充実した一日だった。そんな一日が終わってしまうのは惜しかったけど、貰ったアイシャドウを明日つけようと思うと、明日が待ち遠しかった。明日は仕事だ。