「貴女は阿呆か……」
濡れた地面に転がる咲いた傘を一瞥した芥川は「……でなければ莫迦か」と
の頭上に傘を差した。
は重さを含んだ前髪を払い乍ら「酷いなぁ」と笑う。雨の降る中、傘も差さず道端に一人座っている女は莫迦と揶揄する他無い、と芥川は思った。
「壊れたのか」
芥川は再度傘に目を向けた。
は転がった傘に手を伸ばす。
「骨がねぇ、一本折れちゃったの」
親骨のところ、とつっかえ乍らも歪に閉じた傘を芥川に見せた。朝は土砂降りだったものが、段々と弱くなり、今はぽつりぽつりとした小雨に変わっている。芥川は溜息を一つ溢すと、次は右手を差し出した。それに些か驚いた
だったが、素直に左手を重ねた。
を立ち上がらせた芥川は、すぐにその手を離した。
の手には僅かに温もりが残るばかり。「店に用がある」、それだけ云うと芥川は
の店の方へ足を向けた。
「欲しい本でもあるの?」
「……花の図鑑はあるか」
「ある、けど、貴方花なんて興味あったの」
「僕では無い。首領の……娘、が所望している」
「そう。娘さんはお何歳かしら?うちにあるのは子供向けでは無いわよ」
「歳は知らぬ。花の絵さえあれば善い」
花の絵ねぇ、と呟いた
は何冊か花の図鑑を思い浮かべる。「絵が多くある図鑑は、店には確か、にぃ、さん、よんさつくらい、あったかしら」、傘に雨音が弾ける。大きくは無い傘に二人肩を並べているからなのか、いつもより
の声がよく聞こえる、芥川はそう感じた。
「温かい物でも淹れるわ」
は片側だけ濡れた芥川の肩に目を向け、そう云って部屋を後にした。芥川は手近にあった椅子に腰掛ける。それから天井まである本棚を、ぐるりと見回した。数分して
が湯呑を手に戻ってきた。
が「緑茶、好き?」と問えば芥川は頷いて、湯呑を手にした。それを見た
は満足そうに笑う。
「お茶が好きって、本当なのね」
何が可笑しいのか、くすくすと笑う
に、芥川は眉を顰める。それに気付いた
は、自分の茶を一口飲んでから「ふふ、ごめんなさいね」とまた笑う。
「以前、貴方が女性と歩いているのを見たのだけど、その女性を昨日偶然見かけてね、思わず声掛けちゃった。芥川くんの好きなもの教えてください、って」
私、芥川くんのことあまり知らないから、と
。
「そうしたら、その女性が驚き乍ら茶が好きだって。その後、貴女は芥川先輩の何なんですか?!って迫られちゃって。それが、面白くって。ふふ、思い出しちゃった」
芥川は茶を片手に、
の話を聞く。
「あんまり面白いから、私、秘密って云ったの。そしたら、わかり易く取り乱してて、かわいい人ね、貴方の後輩。……それに、とても綺麗だったわ」
ゴトン、と音を立て乍ら湯呑を卓に置いた芥川が、
を見詰める。
───貴方ってお人形みたいね
いつかの
の言葉が、芥川の脳裏を過る。
「樋口は……、そう簡単には殺せぬ」
は一瞬驚いたものの、「あの人、樋口さんって云うの」とまた、くすくすと笑った。
「ふふ、あはは、殺さないわよ」
それだけ云うと
は、本棚の一部から二冊程持って来て、芥川に渡した。「これなら絵も多いし、子供でも楽しめると思うわ」。芥川は本を受け取り、立ち上がる。「幾らだ?」と訊く芥川に、
は「あぁ、お代は結構よ。傘のお礼」と、すっかり乾いた芥川の肩を見た。芥川は「……また来る」と部屋を後にする。芥川は部屋を出る間際、切れかけていた電球が、新しいものに替えられていたことに気付いた。
ひかりの先の園