少女は、温室で生まれた。
「腕時計はお外し下さい」
赤司は燕尾服の男に言われた通りに腕時計を外した。薔薇があしらわれた豪華な装飾のトレイにそれを置いた後「携帯もだったか」と赤司が訪ねれば燕尾服の男は一言「はい」。赤司はブレザーの内ポケットから取り出した携帯も同じトレイに置く。それを確認した男は「どうぞ」と重そうな扉を開けた。その扉は、裏庭へと続くもので入れる人間は限られている。赤司はその内の一人だ。
赤司は庭の一角にあるガラス張りの温室に向かう。
はいつもそこに居た。温室の中は薔薇園で、噎せ返る程の薔薇の香りが赤司を包む。
はカップを片手に薔薇をぼうっと眺めていた。
「
」
赤司に気付いた
はゆっくりと顔を上げて、それから車椅子ごと身体を赤司に向けた。
「赤司くん、こんにちは」
「こんにちは。今日の仕事は終わりか?」
「うん。今日は午前中だけだったの」
「そうか」
「赤司くん、今日は早いのね。部活はお休み?」
「あぁ、試験期間中なんだ」
「そう。試験はいつまで?」
「じゅう、……もうすぐ終わるよ」
「じゃあ明日も早く来るのね」
「そうだな。そうするよ」
「お茶、用意して待ってるわ。今日は自分の分しか用意してないの」
ごめんね、と謝る
に、赤司は気にすることでは無いと返した。それから数時間、赤司は
と他愛も無い話をして部屋を後にした。
入ったときと同じ扉を抜ければ、預けた腕時計と携帯を載せたトレイを燕尾服の男が差し出す。「赤司様、本日の会話ですが、」と口を開いた男を、赤司は制す。「解っている。彼女に日付を言おうとした。次は気を付けるよ」。それを聞いた男は静かに「お気をつけてお帰り下さい」と頭を下げた。相変わらず変な屋敷だ、と思いながら赤司は帰途に就く。
***
「腕時計はお外し下さい」
昨日と同じやり取りをした後、赤司は裏庭へと足を踏み入れる。温室に入れば、薔薇の香りに包まれた
が赤司を見た。紅茶と苺のショートケーキが、行儀よく並べられている。
「こんにちは、赤司くん」
「こんにちは」
「座って。お茶、今日は用意したの」
「あぁ。頂くよ」
白く無機質なガーデンチェアに座った赤司に「あ、ショートケーキ食べれる?他のものにしようか?」と不安気な声を出す
。赤司が「食べられるよ」と伝えれば、
はほっとしたように笑った。
「このケーキね、お母様の手作りなのよ」
お母様、の言葉に赤司の眉が上がる。
「……そうか。お母様はどんな人なんだい?」
「んーっと、お菓子作りが上手で、最近はお手紙をくれるの」
「手紙?」
赤司は以前も
の口から母親の話を聞いたことがあったが、手紙の話は初めて耳にした。
は母親のことを時々赤司に聞かせるが、赤司がどんな人かと訊いても、容姿について口にしたことは一度も無い。
「うん。今日も、お仕事頑張ってねってお手紙くれたの」
「そうか、良かったな」
が苺にフォークを刺す。「赤司くんのお母様はどんな人?」ぐちゃり、と不愉快な音が響いた。赤司は、このケーキの味を知っている。「僕の母は、」言いかけて赤司は口を閉じた。
が先程と同じ顔で赤司を見る。
「聞いてはいけなかった?」
話せることが無いだけだよ、赤司はそう言おうとして止めた。「いや。それより、
の話が聞きたいな」赤司はケーキを咀嚼して、飲み込んだ。
「今日の仕事はどうだった?」
赤司が
について知っていることは少ない。その一つは、
の仕事の内容だ。この屋敷は外からは普通の屋敷にしか見えないが、中には礼拝堂がある。そこに祈りを捧げに来た人たちに、薔薇を手渡すのが
の仕事であり、
が温室から出られるとき。「俺」も
に会ったことはあるが、「僕」に多くは語らなかった。いつだったか「彼女は可哀想な人だ」と言っていただけ。
「今日も、みんな、とっても喜んでくれたわ」