2−3 しあわせ?
母が泣いて帰って来た。床に座り込んで、ソファに顔を埋める母に、わたしは「どうしたの?」とそっと声を掛けた。母は泣き叫びながら「ムルが、ムルが」と繰り返した。ムル、いつもうちに来るお兄さん。でも最近、その姿を見ていない。
「ママ、泣かないで」
母に伸ばした手を、母は振り払った。じんじんと痛むそれに知らないふりをして、わたしは母の隣に座った。母が泣き止むまで、ずっと隣にいた。ムルのせいだ。きっと、ムルのせいで母は泣いているのだ。わたしは自分の中に、黒い塊みたいなものがあるのに気付く。いつかお絵描きをしたときに真っ黒いクレヨンで塗り潰したような、黒い塊。
「、ママの可愛い」
母がわたしの顔を両手で包んだ。まだ涙の止まらない母は「私の宝物」と微笑むと、わたしの手を取って歩き出した。向かった先は、母の研究室だった。
「はどんな夢が見たい?」
母が笑う。でも涙は止まらない。母は私をよくわからない機械に座らせて、帽子みたいなものを被せる。近くの機械を弄る母。機械の冷たさを感じながら、わたしは母がその場に蹲ったのを見下ろした。
「ママ?」
「ママはね」と母が震える手を伸ばして、機械を触る。ピ、ピ、ピ、と規則正しい音が響いた。ビーッと高い音がして、それは耳障りだったけど、私は閉じていく瞼に抗えなかった。ママはね、ムルが憎いの。母の静かな声。だって私、ムルには勝てないんだもの。
「それでもママは、ムルと幸せになりたかったの」